「差別を止めろ」という言葉から想起できる色々が、確かにその言葉を観る人間のバックボーン次第で変わる。
勿論小学生の(物心つく)頃から「差別は止めろ」なんだけど、中二病罹患期は「はん。差別心は無くならんし、人間は差別が大好きなんだ!ムリムリ」とかに振れたり。
それでも、朝鮮高校の女子生徒さんのチマチョゴリが切られたとか、あと朝鮮高校の生徒さんだからってんでちびっとやらかしただけで徹底的に叩かれる(他の公立私立の高校生徒が似たようなことやらかしても「注意してね」で終わるのに)みたいな状況があるとか、クルド人の子供が出てけと言われ暴行受けたニュースに接したあととか、入管から酷い目にあわされた人の状況の詳細なルポを読んだあととか、あと在日の方々の日本国籍持っていないからこその苦難とか日本に帰化しても苦難に遭われてるとか、そういうのに触れたときは「何とかならんのか」じゃ甘くて「これは何とかしないとだめだ」になる。
それをマジョリティ側が一人でも多く自分事にすると本当に「差別は止めろ」が力を持つことになるよなあ。