もう一つは、某議員が「納得できる歴史をつくる」とほざいたように、事実からなすべきことを考えるのではなく、過去の事実に難癖をつけ、自分が楽しく思えることを「事実」にしてしまうという、因果関係の倒錯にあります。都合の悪い事実を見ないどころか、指摘した者を「反日!」などと罵倒します。

事実をもとに考えない人はどこにあっても困り者になりそうですが、とりわけ政治家がそうなると惨事です。現実に問題が起こっている。困りごとを訴えている人がいる。そこで政治が乗り出してくる。はずなのに、起こってもいない問題を解決すると称して要らぬ政策をやる。いっぽう社会問題は解決しない。

事実を踏まえてものごとに立ち向かうという姿勢がないのです。だから現実には何もできない(できたように見えてもまぐれ当たりに過ぎません)。余計なことばかりする。支持する有権者も、事実に目を逸らすいっぽう、自分が何を求めているかを見失っているのではないかと思うのです。

このような本質的問題を抱えている歴史修正主義者が、首相として高い支持率を誇っているわが国の現状には危機感を覚えます。それだけ、衰退する日本という現実から目を逸らし、中韓を差別して「日本人は偉い、だから俺も偉い」という妄想に浸っている人が多く、それが衰退を加速させているのでしょう。

ただそこで「事実を尊重しましょう」と唱えても、叩かれるのが現状のネットです。冷笑ぶって「何が事実かなんて分かるものか」と相対主義をはき違えた徒輩は多く、事実を指摘すると「上から目線だ」というセリフを振りかざす。こういう輩に限って「現実主義者」を称しているのは何故なのでしょう。

事実とは何なのか。それは人によって違うのか。どうやって確定させるのか。この問題に対し、私が考える手掛かりとしているのが、遅塚忠躬『史学概論』です。それはラディカルというよりも慎重な立場で、それでも「事実」と呼べるものはある、と論じています。ぜひご一読を。

amzn.to/3YQyZ5X

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