ソーシャルメディアで揉めそうな会話を避けるべき理由も印象に残った。Twitterなどのソーシャルメディアでの会話は観客がいるという点でプライベートの会話とは異なるというのだ。ソーシャルメディアという公開の場での議論によって起きうる最悪として挙げられていたのが以下の2点。

・双方が冷静に礼節を持って議論をしていても喧嘩腰の第三者が関わってきてめちゃくちゃになる。
・観客がいる場で意見を変えることは「負け」になると考え、お互いが自分の意見により固執する。

あと「一つの投稿の上限が280文字というこのプラットフォームの構造上、発言のニュアンスは伝わりえず、特に問題なのが、大人数が群れて、たいていの場合荒々しく、悪いことをやらかしたとみなされた人に対する集団いじめが起こりやすいのだ」(p.99-100)については、ほんまにそうやなと思った。一人の影響力は小さくても一人が拡散してより一人が集まると影響力がデカくなる現象は良くも働くし悪くも働くってのは何度も思い出したいことだ。

この部分も面白かった。
> 道徳やアイデンティティに関わる問題は、見えない仕方で、理性ではなく感情のレベルで作用する。ここで感情のレベルというのは、文字通りそうなのである。道徳やアイデンティティについての考えに異論が突き付けられると、物理的な危険にさらされたときと同じ脳の反応が引き起こされる。なので、人の道徳やアイデンティティと向き合うときには、細心の注意を払わなくてはならない。(p.276)

自身の道徳を否定されたと感じると、自身の道徳の善悪や正誤について落ち着いて考えるより先に否定的な感情(身体的嫌悪感を持つときと似たような反応)を引き起こすらしい。身に覚えがある、気がします。

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