大遅刻、申し訳ありません【#ノート小説部3日執筆 】※人の病気、死について言及があります『インターネットの銀河の果てに、彦星は』
2024年6月26日。ICQが終わった。
明日も出勤日である事実から目をそらしつつ、就寝前にスマホをいじっていたわたしは、懐かしいメッセンジャーアプリの名前を見かけたのだった。
「ICQ、まだあったんだ」
検索してみると、1996年のスタートから、運営会社を変えながら運営され、アプリもあったそうだ。「へえ~」と思いながらブラウザを閉じようとしたとき、「〇×商店街に七夕飾りが~~」というニュースが目に入って、突然、記憶がよみがえった。
「あ! そうだ! 彦星!」
およそ25年前、ICQに「自称・彦星」が現れたのだ。
***
時は1998年か1999年あたり。インターネット回線はダイヤルアップ接続であり、夜中のテレホーダイタイム(一定料金でインターネットがつなぎ放題!)が待ち遠しかったころ。
ある日、「ICQって知っとる? これあったらな、いつでも連絡できるんやに」と、遠くの大学に進学した友人のイチに教えられて、わたしはそのツールを知り、ほどなくして夢中になった。
何しろ遠くにいる友人と、テキストだけとはいえ、電話代を気にすることなくリアルタイムでやり取りできるのだ。メッセージが届くと、「アッオー!」と、独特の通知音がする。鶏の鳴き声のようなその音を聞くと、ワクワクした。
わたしはもうすこしこのワクワクの頻度を増やしたいと思い、「ホワイトページ」と呼ばれるICQでの交流相手を探せるページや、ICQ利用者が集まる掲示板をのぞくようになった。
そこで見つけたのが、奇妙な書き込みだった。「当方、彦星! 七夕に会える織姫を探しております。7月7日の7時に連絡を」。あからさまな出会い目的だが、その堂々とした姿勢にかえって好感をもったわたしは、7月7日にメッセージを送ってみた。「『ICQ便利帳』の掲示板でIDを見かけて連絡してみました」。
どんながっついた返事がくるかと身構えたものの、「アッオー」の音声とともに届いた返事は、「こんばんは! あそこを見てくれたんですか。ありがとうございます」といった常識的なものだった。
彦星は穏やかで、住んでいる場所など、繊細な個人情報を聞くことはなかった。ICQを使い始めたきっかけから、お互い大学生であることを明かし、見た映画の話や文学の話をし……。記憶は曖昧だが、次の年の7月7日にもメッセージのやり取りをしたような、気がする。
わたしは懐かしいあのICQのインターフェイスを見ようとノートパソコンを立ち上げ、検索をして……意外なところで彦星と再会した。
それは、パソコン雑誌のアーカイブだった。「今話題のICQって!?」という記事で、利用者何人かがインタビューに応じている。そのひとり、太田原凱彦の談。
「恥ずかしいですけど、彼女ができたらな、と思ってICQを使っています。注目してもらえるかなと思って、『彦星です、7月7日に連絡して』なんていって。でも連絡をくれた子は、みんな人として面白くて。天文学者目指している子とか、今アメリカにいますって子とか。7月7日だけじゃ話し足りなくて、毎晩『アッオー!』を楽しみにしてます。織姫とは出会えていないけど、世界が広がって、ICQには感謝です」
彦星、いい奴だな。わたしとは年に一回しか連絡を取らなかったけど!
あらに彦星のことが知りたくなったわたしは、検索窓に太田原凱彦と打ち込んでみた。が、めぼしい情報はない。たしかイチとわたしはその後、Skypeに移行した。Skypeは2004年に誕生……。2004年……mixiだ! わたしは数年ぶりに、mixiにアクセスした。
「太田原凱彦」では出てこない。記憶を掘り起こすうち、あるやり取りを思い出した。
名前がガイって読めるから、友達とのチャットでGUY××って書かれたことあるよ。××は、本名につく漢字ね……。内緒だけど(笑)「GUY彦」の検索結果、1件。
そこには、彦星の足跡があった。
「2006年10月16日 嫌になりますね~
就職活動で死ぬほど苦労したけど、給料は上がらず。
今日もまた終電」
彦星は、どうも地方のメーカーの子会社に就職したようだった。
「2007年1月1日 暗い話です
お久しぶりです。実は、会社を休職していました。ある日、朝、布団から起き上がれなくなって」
「2008年5月1日 ゴールデンウィーク!
ご無沙汰しています。非正規雇用で工場で働き始めました。タイトルに反して……ゴールデンウィーク関係なく、シフト入ってます(笑)」
「2008年12月7日 無題
雇い止めです。リーマンショック。どうすりゃいいの?」
「2009年1月10日 なんとか
ICQって覚えてますか? あれで知り合った人と、偶然このmixiで再会して。東京の小さな会社で働くことになりそうです」
最後の更新は、2010年9月。「1年ぶり? 東京で働いています。最近はTwitterにいることが多いです。IDはGUY_hiko××~~です。
彦星の足跡は、わたしたちの世代が歩んできた典型だった。彦星はどうなったのだろう。多少ドキドキしながら、わたしはXではなくあえてTwilogにアクセスし、数日かけて足跡をくまなく追いかけた。
東京に出てからの彦星は、平穏な暮らしをしていたようだった。おはよう、出勤、ほかてら、ほかえり、ファストフードの新商品を食べた。
そういった暮らしの間に、次第にロードバイクの話題や山登りの話題。どうも同行者は毎回、Twitterで知り合った人らしかった。さすが彦星、社交的だ。
2020年4月から5月は、コロナへの不安。2021年4月に、「実は、農業やることになりました」と報告がある。なんでも後継者不足の農業の担い手に、氷河期世代を……というプロジェクトがあり、そこにTwitterのフォロワーが関わっていて声をかけられたらしい。
2021年の数少ないツイートは、夏の炎天下の田んぼの草むしりや、黄金色の稲穂の画像、そこにときたま、「下痢が治らない」「今日も病院」といった内容。そして2023年5月の投稿を見て、指が冷たくなる。「いろいろ考えて、Mastodonへ移行します。病状の報告も、そちらで」。
リンクを踏み、否応なく目に飛び込んできた最新の投稿は――。
「兄・太田原凱彦は、2024年4月24日に逝去しました。生前のご厚誼に深く感謝いたします。当人からメッセージを預かっております。
みんな、ありがとう!わたしはノートパソコンを閉じた。くしくも7月7日。ベランダに出てろくに星も見えない夜空を見上げ、わたしは彦星と、そしてわたしたちの25年に思いを馳せた。
人生いろいろあった。
でも、節目節目でネットで知り合った人に助けられてきたよ。
お団子エルボーちゃんなんてさ、ICQからの付き合いでしょ? 信じらんないよね。
俺は幸せだったよ。みんなと山行って、自転車乗って、思い出がいっぱいあるよ。
もっとやりたいこと、たくさんあった。織姫にも出会えなかったし。
このネタ、古い付き合いじゃないとわかんないか、エルボーちゃんに聞いてね!
ありがとう、ちょっと先にあっちで待ってるよ!