最近、生成AIをめっちゃ使うようになったけど、意見としては、生成AIに批判的だったり使う気がないような人の方にシンパシーを感じることが多い。生成AI肯定派の無邪気さというか、楽観的な感じは、正直理解できない。

生成AIは便利だ。便利だが、人間の仕事を楽にしてくれるわけではなく、むしろ、人間の仕事のうちの比較的脳に負荷がかからない部分を肩代わりすることによって、負荷のかかる思考を爆増させる必要がある。楽観論者は、この「爆増」部分をちゃんとみているのか、正直疑問がある。

このへんの感じ方は、自分が学問をやり始めた頃から感じてる違和感とも通底する。遅くとも修士課程を終わる頃には、私にとっての学問は「何を教えてくれるか」以上に「何を教えていないか」に注目することが大事だと考えるようになった。経済理論を学ぶのは、経済理論が何を捨象しているのか、その要素を付け加えたら結論はどう変わるのか、それが大事。

顕教と密教の関係みたいな感じと言ってもいいかもしれない。生成AIを使ってても、何をできるかよりも、何をできていないかを理解することが大事だ。そのへんの感覚が、大抵の人はまったく逆なんだよ。

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