生成 AI の文脈でとくにアートとか音楽に関しては、「クリエイティブの民主化」とか言われるとものすごく違和感ある。
じゃあそもそもそれ以前は「クリエイティブは一部の人による独裁」だったのかと言うとそんなことはなくて、クリエイトする(という言い方が正しいのか分かんないけどクリエイティブという言葉に対応するためにこう書く)手段や道は以前から誰にでも開かれていたし、
「生成 AI の登場以前はわたしはクリエイティブではなかったのです」という人がいるのだとしたら、それは単にその人がクリエイトしてなかった・することを選ばなかったというだけで(そしてそれは別に悪いことでも卑下することでもないと思う)、別に誰かがその人からその手段や権利を奪ったたわけではないはずだし、
そもそも、特定の企業とかが膨大な電力を使って中央集権的に提供されるソリューションに依存するいわゆる生成 AI のほうがよっぽど独裁的・専制的な構図に見える。
(すべてとは言わないけど、メインストリームのサービスはほぼそういう構図だと思っている)
そういう仕組みに群がって「クリエイティブの民主化だ」って言われても、なんか全然入ってこないんだよなあ
あくまで「民主化」という言葉に違和感があるという話で、機械学習とか生成 AI みたいなアプローチがなんでも悪いと思ってるわけではないんだけど、もうちょっと言葉選んだほうがいいんじゃないかという感想を毎回これを思い出すたびにこうやって書いてしまうの何回目かな
💦