LLMに頼らずに「自分の言葉」で(非母語の)文章を書くように素朴に要求されがちなの、その「自分の言葉」とやらが言語能力によって大きな制約を受けることについてもう少し留意してくれても良いのではとは思う。私もエーアイを扱わずに英語を書いているけど、それにも常に自分の英語のぎこちなさが付き纏ってくるし
LLMを搾取的として批判するのはまあ理解できる。最低限の労力も払われていないslopへの嫌悪も当然だ。ただ、前者の論点を措いたときに、自分で責任を持って校正した文章に対してまで文意と無関係な細かい体裁などを論って「自分の言葉」でないから不誠実と謗るのは何かずれていないかと思ってしまう。
LLMにありがちな体裁で足切りするのは確かにslopの排除には有効かも知れないけど、最低限の校正を経た文章に対してのそれは、一見してslopと区別を付けづらいという実用上の都合で正当化されているだけで、偏見であることは否定し得ないのでは。一昔前の喩えを出すなら、「日本語がぎこちないメールはスパム」とかと同類の
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これ、最後のは普通に今時ならいわゆるインプレゾンビの喩えで良かったか(反省会)。いわゆるインプレゾンビの排除の判断材料としてぱっと見のプロフィールの印象が有効に機能してしまうが、それはスパム的でない非日本語話者のリプライも巻き添えで排除してしまう
QT: https://fedibird.com/@tesaguri/116267144022081377 [参照]